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時の夢

1

目の前に広がったのは、眩しい金色の光。
闇のトンネル、としか表現しようのない空間を抵抗する術のないまま泳ぎつづけ、抜けたと思った瞬間、真っ逆さまに落ち、地へと叩きつけられた。

衝突時の衝撃がそれほど強くなかったのは、大地を深く覆った灼熱した砂のおかげだ。
(ここは…?)
スコールは痛みが残る体に逆らい上半身を起こした。眩しさに耐え、何度も瞬きをしながら、外界を見極めようとする。頭上では太陽が何者にも遮られることなく輝いており、地平線の彼方まで黄金の砂が広がってる。
どうやら砂漠らしい。
(リノア?)
目当ての人物は、数メートル離れた場所にうつぶせ姿で倒れている。その姿が視界に入るや否や、反射的に駆け寄った。
「リノア、おい、リノア!」
抱き起こし、軽く何度も頬を叩いているとリノアの瞼が動きだし、ゆっくりと目を開けはじめた。
「スコール…あれ?」
リノアは、何かを思い出そうとするかのように、しばらく無言で視線をさ迷わせ、やがて、スコールの上に視線を止めた。
「そうだ…私、研究所にいて…実験中に…どうして?」
リノアは、ゆっくりと上半身を起こす。
「…眠っていた力が偶然発動された、と見るべきなんなろうな。どんな魔法なのかまではわからないが」
「そっか…そうだよね。瞬間移動魔法のもっと強いやつかな」
今までの瞬間移動魔法は、移動できるのはリノア一人だけで、他者を一緒に運べなかった。にもかかわらず、ここにはスコールがいる。
瞬間移動魔法の、さらに強化された魔法が自分の中に眠っていたのだろうかと思ったのだ。

スコールは首を横に振る。瞬間移動魔法ではない。それは確か。瞬間移動魔法であるなら、あの黒い空間は必要ないはずだ。
「今は、わからない。どっちにしても、こんな熱い砂漠に何時間もいたら、乾ききって死ぬだけだ。どこかへ移動しよう。考えるのはそれからだ」
どの方向に進むか、スコールは周囲を見渡した。リノアが地平線の彼方、一点を指し示す。
「あっち。何かが沢山あって、ざわざわした感じがする」
「そうか、じゃあ、行くか」
視界には町の影すら見えないが、スコールはその言葉を信じた。こういう時、魔女になって敏感になったらしいリノアの感覚は信頼できる。リノアの言う「沢山ある、ざわざわしたもの」が生物であるのか物体であるのかはわからないが、あてもなく広大な砂漠をさまよう無謀さに比べたら、少しでも頼りになる目標があったほうがよい。
スコール達は、「ざわざわしたもの」を目指すことにした。

リノアが示した道の終点に辿りついたのは日も暮れかかった頃だった。
「やったー!大当たり〜リノアちゃん、エライ!」
これだけの距離を、しかも熱砂の砂漠を歩いて元気なのは、さすが力も体力も人一倍あるというべきか。
「すごいな」
スコールは苦笑するしかない。目の前にあるのは、砂漠を旅する旅人の宝ともいうべき、数少ない水と緑の恩恵を受けている場所、オアシスだった。まさしくリノアの感覚は、最高の形で大当たりしたのだ。
「はやく、どこかで休もう。わたし、疲れちゃった」
疲れたという言葉とは裏腹に、やっと休めるという安心からと、見知らぬ地に足を踏み入れた好奇心からか、声は弾んでいる。
「あれぇ?」
リノアはキョロキョロし出す。
「ね、スコール。なんか何か変じゃない?わたしの思い違いかな?」
「いや、思い違いじゃない。さっきから、俺もそう思っていた。お前が鈍すぎるんだ」
きっぱり言われてリノアは、スコールを睨みつけるが、べつに恐ろしくもないスコールは涼しい顔だ。
「馬鹿にして!一体誰のおかげでたどり着けたと思っているのよ」
「お前のおかげだ」
これまた平然と答えられ、リノアは後が続かず、黙ってしまう。スコールは、さっさと歩き出す。
「う〜っ」
リノアは言い返す言葉が見つからず悔しかった。
そして。
「何を唸っている。ほら、行くぞ」
スコールが差しのべてきた手を躊躇いなく受け止めてしまう自分にさらに悔しくなる。
「興味ない、だけだもん……」
ようやく、反論の言葉を思いついたらしいリノアが、か細い声で呟く。
「そうだろうな。お前は、速攻で現状を受け入れるからな。着ている服が変だとか、建物がどうとかは、よくよく考えてみた後で気づく……」
「そう、そうなの!スコール、わかってる!!」
飛び上がりそうなほど、嬉しそうなリノアの声は、もはや先ほどの不機嫌さは微塵もない。スコールは肩をすくめただけだった。こちらはいつものことで慣れているのだ。
「それにしても、本当にどこだろうね、ここ」
「そうだな」
スコールも、改めて周囲を見渡す。何もかも見慣れないものばかりだ。大きな一枚の布を巧みに巻きつけ留め金で止めた、足まですっぽりと覆った服。黄色い泥レンガの建物。実際に見るのは初めてでもスコールの知識の中には存在した。まさか、という思いがある。
側を通った中年の男に、スコールは声をかけた。
「ここが、なんていう国かって?お前さん、寝ぼけているのか?レナーン帝国に決っているじゃないか」
じろじろと不信げな目で見ながら通り過ぎていってしまう。
「レナーン帝国……」
スコールは、一瞬言葉をなくす。
レナーン帝国。
数百年前までセントラ大陸に栄えていたセントラ帝国よりもさらに古い帝国だ。すべてが謎に包まれている古代帝国であり、現代では遺跡で発見されたセントラ帝国の碑文にレナーン帝国についての記述がわずかに残されているだけだった。そして、彼らが守護神族と呼び、崇め祭ったのはガーディアン・フォースではないかと言われている。
(あのゆがみは時空を越えるホールだったのか)
ようやくスコールは納得できた。
「どうしよう、スコール……私、どうやって戻ったらいいの?」
何をしたのか覚えていない―――リノアは、泣き出しそうである。本好きなだけあって文字には強い。レナーン帝国の意味を理解したのだ。
「焦ることはない。時間だけはあるからな、ゆっくり帰る方法を見つけよう」
自分を巻き込んでくれたのが不幸中の幸いだ。リノア一人で時空を超えて行方不明なんてことになっていたら、今ごろ自分はどうなっていたか。考えるだけで冷や汗が出るスコールだった。
「とりあえず、今夜泊まれるところを探そう」

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文責:楠 尚巳 [2006/05/21]