翌日の昼頃。
血相変えて、セルフィがスコールの執務室に飛び込んできた。
「委員長!どういうことやねん!!」
スコールは肩ごしにセルフィの姿を確認する。同じく執務室にいたシュウを初めとする数人のSeeDもセルフィに視線を注いだ。セルフィの口からトラビア弁が飛び出すのは、理性より感情が勝っている時だ。それでなくとも怒り狂っている、ということが一目瞭然の形相だ。
「なんだ?一体…」
そんなこといっている場合か、とセルフィは執務室にある端末機を操作し出した。
「見てみぃ!」
セルフィに画面をさされ、スコールは何気なく覗き込む。そこにはガーデンの掲示板が映し出されている。そして、その内容は…昨日あの女生徒達が言っていたのとたいして変わりない内容だった。いや、昨日聞いた話よりも、さらにリアルに味付けされており、まるで見てきたように書いてある。発言者にとってリノアが浮気しているのは事実であるらしい。スコールは冷ややかに画面を見つめる。なるほど、あれは最新の情報だったわけか。そして、今日、ご丁寧に誰かが書き込んだわけだ。さらによく見れば、その下には、おそらく好奇心から書き込んだのであろう、他の生徒達の意見が滝のように書き込まれている。どれもこれも発言者の意見を信じた上で、言いたい放題だ。ごみのある場所にはごみが溜まり続けるというが、きっかけを与えられたことで同種類の連中が飛びついてきたというわけか。スコールは妙に感心した。
「世の中、暇人が多いな。それだけ平和なんだろうが…」
感想を漏らしたスコールに、セルフィは怒り心頭である。
「なにアホなこと言うてんねん!!削除しようにも、出来へんねん!!誰かが、ご丁寧にパスワードかけてるんや!!」
「ガーデン生なら、それぐらいの細工、出来るだろうな…出来なかったら困る」
この手の知識は必須だ、とスコールはあくまで冷静だった。
「あのねぇ…あんた、自分の彼女やろ…腹が立たんの…?」
セルフィはがっくり、と肩を落とした。ここまで冷酷な無関心男だとは思わなかったのだ。
「腹が立つもなにも…こいつらの言っているリノアがなにを指すのか俺は知らない。芸能人かもしれないし、新種の微生物の名前かもしれない。いずれにしても、俺には関わりがないな。関連があるとすれば、俺の恋人のリノアと同名だ、と言う事ぐらいだ」
「はぁ?」
セルフィは、唖然とする。だが、考えてみればもっともな言い分だ。そこに書かれてあることがリノアの事実ではないのなら、彼らの言っているリノアは、スコールやセルフィが知っているリノアとは完璧に別人であるはずである。
うーん、とセルフィは少しばかりスコールの屁理屈に感心する。
「だが、スコール。こんな書き込みを放っておくわけにはいくまい?」
横から、画面を覗き込みながらシュウが言う。口調から、彼女が戦闘モードに突入していることがわかる。リノアを悪く言う者が許せないというより、誰であろうと、このような書き込みをすること自体、シュウには許せないことなのだった。
「まったく、今まで何度も使用禁止にして、注意を促してきたというのに…再開する度にいつもこれだ。永久に使用禁止にしてやろうか」
「ええ〜!困るよ、シュウ先輩。楽しみが減っちゃうじゃない〜こんな奴らは一部だって。ルール守って楽しんでる人だって大勢いるんだよ。横暴だよ〜」
掲示板や公開日記の書き込みに情熱を傾けているセルフィは、必死になって抗弁する。自分の利益がかかっているだけに、この時ばかりは怒りもどこかへ吹っ飛んだらしい。口調も戻っている。
「わかっている」
シュウの短い返答に、セルフィはとりあえず胸をなでおろす。
「ところで、委員長、リノアどこにいるの〜?心配で探してんだけど、姿が見えないだよ〜」
「さっき、バラムの街へ行った」
「へっ?」
セルフィは目をパチパチさせる。
「だから、バラムの街へ行ったんだ。最近、よく行くぞ」
セルフィとシュウは顔を見合わせる。
「リノア、一人で?」
あっさり頷いて見せたスコールに、二人は再び顔を見合わせる。
「じゃあ、この掲示板…まんざら嘘でもない、とか…?」
セルフィは恐る恐るスコールに聞く。
「そうだな…毎日と言っていいほどバラムの街へ行くというのだけは本当だな」
「いつから?何の為に?」
「さぁ?1ヶ月ばかり前からだが…何の為かは知らない」
「知らない…って、委員長、理由聞かずに行かせてんの?」
「いいや、リノアは俺には何も言わない。あいつは俺に内緒で出掛けることに成功している、と信じているぞ」
平然と言ったスコールに、セルフィとシュウは空いた口が塞がらない。
「あのねぇ…この、どあほ!!うちかて初耳や!!誰にも内緒で毎日行くんやったら、何かあると思うの当然やろ!知っていて、なんで放っておくんや!」
スコールは、不機嫌そうな顔になる。
「昨日、聞こうと思ったんだ…仕事終ってリノアの部屋に行ったら、疲れて眠っていたからしょうがないだろうが」
セルフィは、肺を空にするほどの大きなため息をついた。
「普通、その疲れている理由を知りたがるもんとちゃう…?第一、聞くのが遅すぎるわ。なんちゅう、無関心男やねん…」
セルフィのその言葉にスコールは今度こそ、むっときた。
「俺は無関心じゃない。少なくともリノアにはな。だが、リノアが浮気なんてするわけない」
信じて何が悪い―――そう言ったスコールにセルフィは唸った。
「この、傲慢男!うちかてリノアが浮気するなんて思うてないわ!うちには理解出来へんけど、リノアはあんたにベタボレやさかい。そうじゃなくてなぁ…」
「セルフィ、セルフィ、もう止めなさい。口で言っても無駄よ」
シュウがセルフィの肩を叩いた。こちらも脱力している。
「スコール。君、リノアを迎えに行ったほうがいい。絶対、そうした方がいい。バラムの街まで迎えに行って来なさい。幸い、今は急ぎの仕事はないからね」
「だが…」
スコールは反論しかけ、シュウとセルフィの無言の圧力に口をつぐむ。
「わかったよ」
スコールは書類を机の上に放り出し、部屋から出て行った。
「人間、欠点があるのが当然とはいえ…いい?あんたたち口外するんじゃないわよ。今、聞いたこと」
シュウは見守るばかりだった執務室にいた数名のSeeDに念を押す。SeeD達はシュウ怖さに、こくこくと頷くばかりだった。
「ほんま、あの男は…どこまで変人やねん」
もし、今の会話がガーデン生に知れわたったらどうなるか―――「司令官は、本当はリノアさんと嫌々、付き合っているんじゃないか?だってさ、普通なら…」
と噂にする生徒が出てくるのは間違いない。普段、スコールの言動から正解を導き出すのは難しい。「普通なら」が通じない男であるから。スコールは、「普通じゃない」のだ。
セルフィは再びガーデンの掲示板に目をやる。なんだが、あの男がすべての元凶のような気がしてくるセルフィだった…