「ユウナレスカ様」
廊下で一礼してきた人物がユウナレスカを呼び止める。
「ゼイオン……」
ザナルカンドにてひときわ異彩を放つ重苦しい衣装はザナルカンド兵のもの。さすがに鎧も兜もまとってはいないが、それでもひとめで兵とわかるいでたちだ。
ザナルカンドに兵は少ない。
召喚士が支配者であり、神秘な力の所有者が敬愛を集めているザナルカンドでは兵はあまり重要だとは考えられてはいないのだ。
それでも兵が皆無というわけではなかった。
身辺警護をはじめ兵の需要はある。ゼイオンはエボンの護衛をまかされた兵の一人だった。
「ずいぶんと早いご退出ですね」
「追い返されてしまいました」
頷きながら答えれば、ゼイオンはユウナレスカを見つめたまま独特の笑いを返す。不思議な笑いだった。表情はほとんど変わらないのに、誰もが優しいと感ずる微笑。その笑顔に誘われるように、ユウナレスカはつい愚痴めいた本音を漏らしたくなった。
「お父様のことは尊敬しているけれど。なぜああも人に関心といものがないのかしら?ザナルカンドという都市そのものばかりに夢中になって……」
「私はエボン様をすばらしい方だと思っておりますが?」
ゼイオンの疑問にユウナレスカは首を振る。
「ゼイオン。あなたは本当のお父様を知らないのです。なるほど、父はすばらしい方です。支配者としても召喚士としても偉大です。ザナルカンドを愛してもいらっしゃいます。ですが、市民を愛してはいません」
ザナルカンドはエボンが築いた彼の作品そのもの。
最高の芸術作品と思えばこそ、嘆きがあってはならない、哀しみがあってはならない、何者にも侵犯されてはならない------自身の作品を汚すものは何者だろうと許さない。ゆえに召喚士達に地上にとどまる死せる魂を残さず「異界送り」するようにと厳命し、あらゆる負の要素を排除しようとする。それが結果的に魔物のいない安全な、衣食住ともに満たされた理想郷を作り出した。
「平和な時であるなら、それもいいでしょう。しかし、ひとたび戦いに向えば、父は市民の命を平然と犠牲にします。ザナルカンドという都市の為に」
誰にも言えなかった不安。市民が父を信じて疑わず、敬愛していると知っていればこそ誰にも言ってはならないと思っていた事実。不思議なもので口に出してみれば不安は薄れ、かわりに受け入れようとする覚悟に近い感情が生まれていく。
「……今回のベベルで、その時が訪れようとしている、そうお考えなのですね」
ゼイオンの低くゆるやかな声には動揺がない。ユウナレスカはいささか驚いた。自分達の事を考えてくれている------そう思っているからこそ市民はエボンを敬愛しているのではないか。エボンが市民を愛してはいない、市民がもっとも信じたくないはずの事実を、なぜ市民であるゼイオンが受け入れることが出来るのだろう。
「疑わないのですか?私の言葉を」
今度はゼイオンが驚く番だった。
「なぜ私が疑うのですか?ユウナレスカ様」
「……私は、否定されると思っていました。あなたは父を素晴らしい方だとおっしゃった。そう感ずる自身の心を信じてはいないのですか?」
信じているなら反論するはず------ユウナレスカの真剣な問いかけにゼイオンは、思わず苦笑する。
(相変わらず、真面目な方だ……いや、純粋なのか。真摯で純粋で、それゆえに自身を取り巻く真理から逃れることができない------)
「ゼイオン?答えなさい」
ユウナレスカの声で意識を戻されたゼイオンは一礼し答える。
「私は自分の心を信じております。そして、ユウナレスカ様ほどエボン様の御心をご存知のお方はいらっしゃらないことも知っております。ですから、そう感ずる私の心を信じているのです。ユウナレスカ様がおっしゃるなら、それがエボン様の真のお姿なのだろうと」
「……そうですか」
ユウナレスカは俯いた。半分は恥ずかしさを隠す為。残り半分は嬉しさを隠す為。自分の言葉を、不安を、受け止めてくれる------それがこんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
鼓膜が震動するほどの爆音が野外から聞こえてきた。ガラスごしにみれば、ブリッツ・ボールスタジアムの方角から花火が上がっている。試合終了後のパフォーマンスだ。
「どちらが勝ったやら……」
ゼイオンのひとりごとはユウナレスカの耳にも届いた。
「ゼイオンはブリッツ・ボールが好きなのですか?」
「ザナルカンド市民なら皆好きでしょう」
しかし、その言葉はユウナレスカの気にさわったらしい。
「私は、嫌いです。昔、父に連れられ貴賓席で観戦をしたことがあります。いったいどこが面白いのだろうと一生懸命見ていましたが、疲れるばかりでとうとうわかりませんでした」
「それは失礼を。ですが、ブリッツ・ボールは面白いと感じるもので、どこが面白いのか理解するものではないでしょう」
ブリッツ・ボールスタジアムを支配する視覚的、感覚的な高揚感。言葉では説明しきれない感情の嵐。それを懸命に理性的、合理的に頭で理解しようとしている小さな少女。
それらの光景を鮮やかに脳裏に再現させることにゼイオンは成功した。自然笑顔になる。
「感じる……?」
ユウナレスカはしばらく考え込んだ。やがて、納得したように一人で頷く。
「……そうですか。感じるものなのですか。ならば、あんなに真剣に考える必要はなかったのですね」
「ございませんとも」
稀代(きだい)の召喚士エボンの一人娘。その名に恥じぬ能力を有する召喚士ユウナレスカ。その才能とは別にユウナレスカ自身への興味が沸いてくるゼイオンだった。
「ありがとう。今度、もう一度観戦してみます」
律儀に礼をいい、自身の家に帰るべくユウナレスカはその場を歩き去る。しかし、ふと立ち止まりゼイオンを振り返った。
「あの、ブリッツボールを観戦する為にはどうしたらいいのですか?」
ゼイオンは突然の言葉の意味を掴み損ねてしばらく考え込む。ややあってようやく理解した。
エボンに連れられて一度しかいったことがないのだから、わからないのも道理。しかもその一度の試合は、おそらく主催者側が招待した試合だったことだろう。チケットの買い方も知らないに違いない。
「そうですね。予約なさるか、運がよければ当日にスタジアムにお行きになれば手に入るかと思いますが……よろしければ護衛を兼ねて、私がお供いたしましょうか?」
「おねがいします」
ユウナレスカは安心したような表情を浮かべる。
ゼイオンと一緒が嬉しいというより、観戦すると決めたものの一人で行けるか不安だったらしい。素直に言い出すこともできず、上下関係を盾に頭ごなしに命令することも出来ない。結局、遠回しにゼイオンに言わせたかったことを言わせることにした------それが成功したことからくる安心らしかった。
そんなユウナレスカの心をゼイオンは正確に理解した。反発も感じず、したたかとも言える、臆病で優しいその気性を好ましいものと思うあたり、ゼイオンの気性はユウナレスカのそれと相性がいいのかもしれない。
そのことを自覚しつつ、
「かしこまりました」
と、ゼイオンは一礼した。
そして、後にして思えば。
きっと、これがすべてのはじまりだったのだ。
ユウナレスカとゼイオンと。
そして、破滅への……
- FIN -
シン誕生まで書くつもりで、結局書くことができたのは最初のこれだけ…諦めました。