本文へジャンプ | FF8

嚆矢

前編

ザナルカンド。

それは、陽が支配しようと陰が支配しようと、決して自然の営みに翻弄(ほんろう)されることのない眠らぬ都市。

プリッツボール・シーズンの今、夕方のこの時間になると連日スタジアムは観客の熱気で埋め尽くされる。大小様々な現実の困難にぶつかっている人々がしばし現実を忘れ、現実を生きるための勇気をもらう。ザナルカンド中がそんな魔法に染まる時間だ。
だが、同時にそんな街の熱気に背を向け、心楽しまぬ人々も存在した。ザナルカンドの支配者、エボンもその一人だった。
「お父様」
長い銀髪の、少女と呼ばれる時期をとうに過ぎている娘が自らの部屋で難しい顔をしている父親に話しかける。
「ユウナレスカか……いつの間に来たのじゃ?何用ぞ」
エボンは、この娘とは一緒に暮らしてはいなかった。ユウナレスカは既に一人前の召喚士として独立しており、ザナルカンドのうちに住居を構えていた。
「何用とはこちらの申すことです。先ほどから……いえ、数日前からため息ばかり。何をそんなに悩んでおられるのです?」
「お前には関係ない。わしの心配をする暇があったら異界送りでもしておれ。昼夜問わず、いかなる時でも死せる者は生まれるのだ。その死を嘆き悲しむ者もな」
ザナルカンドに救いをもたらす存在たれ------それが幼少の頃からエボンが娘にいい聞かせてきた教えだった。しかし、その救いがザナルカンドの市民に向けられるものではないことをユウナレスカは知っている。
エボンが愛しているのは自らが作り上げたザナルカンドという都市そのもの。そして、その愛は、どこかいびつだ。歪んだ、しかし愛すべき父と故郷に、ユウナレスカはいつも不安を抱えていた。万が一この都市が危機にさらされた時はどうなるのか、と。

ザナルカンドという都市を守る為ならば、民が命を投げ出すのは当然。
父エボンのそんな心がわかってしまうからいつも不安だった。そして、その事実を前にしながら、なにも出来ない無力な自分はもっと不安だった。だから召喚士の道を選択したのだ。父の力にはかなわないまでも自分が召喚士となることで守れる力を身につけるぶんだけ少しはましになると思った。いまやユウナレスカの力はエボンにつぐ。それでも不安が消えたわけではない。
「……べベルの件、どうなりました?」
娘の問いにエボンは不愉快といわんばかりに眉をひそめる。
「どうもこうもないわ。あの身のほど知らずどもが。わしのザナルカンドに手を出しおって!『お互い協力しあって』だと!欲しがるその性根、見え透いておるわ!ああ、ああ、そうだろうとも。あんな馬鹿どもにこれほどの都市が築けるわけがない。自分達にふさわしい、小汚い都市で辛抱していればいいものを!」
怒りにまかせ、デスクの上にあるオブジェを床に叩きつける。派手な音をたてて、見事にオブジェは砕け散った。
ザナルカンドが他都市に目をつけられるのは今に始まったことではない。「異界送り」の能力を持つ召喚士。機械や魔法は全世界に溢れかえっていても、召喚士だけはザナルカンドが生む。
人は生まれ、死ぬ。
現世に執着する死せる者の魂が魔物と化すその螺旋。
人が生存することを選択し続けるかぎり、それは続くのだ。武器や魔法で魔物を倒せても誕生そのものを食い止めることはできない。
それが出来るのは、さ迷う魂が魔物と化す前に異界へ導くことのできる召喚士だけ。現に他の都市では街頭や小道にさえ出現する魔物が、ザナルカンドには一匹もいないのだ。

ザナルカンドの召喚士------他都市にとってこれほど欲しいものはない。ましてや機械文明が発達し、人口も爆発的に増えた今、魔物の数も昔とは比べ物にならないほど増えている。ザナルカンドに助けを求めてくる都市は後を絶たなかった。
「ご協力なさればよろしいでしょうに。助けて差し上げれば?」
無駄と知りつつ、父の説得をユウナレスカは試みる。
「なにを言う!なぜ、わしのものを奴らにやらねばならんのじゃ!ザナルカンドのものはザナルカンドのものじゃ。召喚士もザナルカンドだけのものじゃ!」
予想通りの返答だと思いつつ、ユウナレスカは、なお説得しようとする。
「ザナルカンドはスピラの一都市です。スピラあってのザナルカンド。少しはザナルカンドをスピラの役に立てることをお考えに……」
それ以上、言葉は紡がれることはなかった。エボンが鋭い眼光で沈黙することを強要してきたからだ。
「もう帰れ、ユウナレスカ」
「……わかりました」
ユウナレスカは背を向け部屋から出て行こうとした。だが、ふと何か思いついたように、立ち止まり、ふりかえった。空色の瞳がエボンを凝視(ぎょうし)する。
「べベルは巨大な軍事力を持つ大都市です。戦争になったらザナルカンドには勝ち目はありません。べベルもそう思っているからこそ強気なのでしょう。それでもべベルに譲歩(じょうほ)できませんか?」
エボンは何も言わない。ユウナレスカもそれ以上は何も言わず、一礼してそのまま部屋を出て行った。

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文責:楠 尚巳