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未来へ…

1

夜から夜へ。
アユタとヤエの目の前に広がったのは、宇宙空間とは違う静寂の闇。
肌で感じるのは、懐かしい風と土の香り。

外の世界へ、故郷へ……

「私たち、帰ってきたのですね……」
ヤエのその言葉には、多くの思いが込められていた。
「ええ、帰ってきました。俺たちの世界に……」
隣にいるアユタも多くは語らない。語る必要もない。

今、あたりは太陽が隠れたその時のまま。
闇がだんだんと重くなり、天から見えない巨大な力がのしかかってくるかのよう。

ヤエは不安になる。
クオリアは消えたはず。なのに、どうして、と。
(まさか、私たちの世界は違うの…消えてしまうの…)

頭上からの圧力に耐えられずヤエが大地に向かって倒れ込んだ瞬間、強く支えてくれた腕がある。
誰なのか考えるまでもない。
ずっと隣にいてくれた大切な人。

「大丈夫。大丈夫です……ヤエ。クオリアは消滅した。クオリアはこれから滅ぼされるんです。あの時間にいた俺達にね。思い出してください。あのとき地球は闇に覆われ…そして姿をあらわした。しばらく続くでしょうが、最後には太陽が姿をあらわすはずです」
俺達はほんの少し前の過去の時間に戻ったんです……
冷静なアユタの声にヤエの心は落ち着きを取り戻す。
「そうでした……」
たとえ今、世界が滅んだとしても不安に思うことなどないだろう。
この腕の中でなら。

お互いのぬくもりを感じて静かな暗闇の中二人でいるうちに、様々な思いが心を通過する。
「テイアには、もう会えないのですね」
寂しい―――不思議とそう思う。
かつてアユタが誰よりも…世界よりも愛した人。
ヤエにとっては、せつないほどの不安をもたらす恋敵だったはずなのに。

「はい。正確には任務を完了して活動を停止しました。残っていたのはテイアの精神だけ…方舟そのものでしたから。これでテイアもようやく永遠の眠りにつけたのです」
アユタの声は、おだやかで優しかった。
知らぬ人が聞けば、薄情ではないかとさえ思うほど。

だが、クオリアを倒すまで死ぬこともできず、重すぎる使命を背負い数千万年を生きてきたアユタとテイアにとっては、すべてを終わらせることこそ救いであり望みだった。

テイアは今、ようやく解放され自由になれたのだ。
これでもう人の無限の死を見ることもなく、これ以上自分たちが戦士達の死屍(しし)を積み重ねることもない。

だから、アユタにテイアを失ったことへの哀しみはない。
今、彼女がどれほどの安らぎを得たのか痛いほどわかるから。

「歩けますか……いきましょう、ヤエ。お城が心配です。それでなくともあなたは皆の前から消えたはず。混乱している間に戻ってしまいましょう」

「えっ?」
ヤエはしばらく考え、そして言葉の意味を理解する。
あの時、ヤエは姫の影武者として、お屋敷の中にいた。
それが今は、どう見ても屋敷のはずれにある庭だ。
昼間だというのに人気がないのは、おそらく太陽が消え始めたとき、皆、お屋敷の中へ逃げ戻ったのだろう。

「どうして私はここに? 元の時間と場所へ戻ったのではないのですか?」

「そうなると同じ城の中とはいえ、俺と離ればなれになってしまう。たぶんテイアが俺達が一緒にいられるようにほんの少しだけ違う場所へ送ったんだ」
アユタの声にはテイアへの愛情と信頼にあふれていて、ヤエでは決して入ってはいけないふたりの絆を感じた。

「さぁ、いきましょう」
促すアユタに、ヤエはその場を動こうとはしない。

「ヤエ……?」

「私は……自信がありません」
暗くて表情は見えない。だが声は震えていた。

「テイアは自信を持ってといってくれました。あなたと私の幸せを願ってくれました。でも、私は不安なんです。私は、ずっとあなたの中のテイアに勝てない気がして……」

ヤエの言葉にアユタは大きく息を吐き、その瞳を天に向ける。
昼間だというのに太陽が隠れているせいで、星がきらきらと輝き、よく見えた。
アユタとテイアが生まれた世界も、あの星のどこかにあるはずだった。

「俺がテイアとの思い出を綺麗なまま残しておくことができているのは、お互い好きでいる時に別れたからです。俺達はあのまま一緒にいたら駄目になっていた」

人の一生を80年、幾千年を永遠と呼ぶならアユタとテイアの間には一生の愛があり、永遠の愛があった。

だが、ふたりに与えられた時間はあまりにも長すぎて……

自分たちの前に「終極の扉」は開かなかった。
クオリアを倒せる子孫も生み出せなかった。
繰り返されるだけの歴史に、なんのために生き続けているのかさえもわからなくなった。

「俺とテイアが終わらなければ、次の可能性の扉は開かないんです。終極の扉をひらきクオリアを倒せる可能性を持つ二人は、恒久に誕生しない」

テイアと別れ、未来を別のふたりに託し……そして数百万年の時を経て、アユタは、ヤエと出会った。
お互いがお互いを失いたくないと思う強い気持ち。
強い想いで結ばれた「終極の扉」を開くパートナーに。

アユタはヤエのそばに歩み寄り、包み込むような優しい笑顔を向ける。
「俺を信じて下さい。確かに俺は今でもテイアが好きです。この気持ちはずっと変わらない。でもそれは思い出の中でだ。今じゃない。今は……テイアより誰よりもあなたが大事です。今の俺はあなたのことしか考えられない」

「わかりました…」
瞳が涙でにじんだのは嬉しさのため。
信じよう。愛した人を。
二人の幸せを祈ってくれたテイアを。

次第にあたりが明るくなってくる。
温かい光を放ち、姿をあらわしはじめた太陽を、アユタはまぶしそうに見上げた。
そして、胸の底から沸きあがる静かに深く、かみしめるような喜び―――

今、この時、世界はようやく1万年の螺旋(らせん)を抜け出したのだ。
長い間、止まっていたアユタの時間も今、動き始める。

これから歳を重ねていくだろう。
どんなに生きても寿命がくれば死ぬだろう。
それは今まで生きた時間にくらべれば瞬きするほど短い……だが素晴らしい時間だ。

残る余生、アユタには過去の罪を償うためだけに生きる道もあった。
だが。
(俺はいつだって未来を創りたかった…そのためにここまでやったんじゃないか……)
だからこれからも未来を創ることだけを考えて生きていこう。

願わくばその瞬間まで。
「俺はあなたの手を離しません……離したくないです」
「はい。わたしもです」
ヤエは差し伸べられた手を受け止め、手と手が重なりあった瞬間。
アルカ・アレーナを勝ち抜くため、「終極の扉」をひらくため、二人が探した証の指輪が光って消えた。

反射的に手元を見たふたりに、消えゆくテイアの声が聞こえてくる。

(新しい指輪は…あなたが…贈るのよ…アユタ)

それがテイアからのふたりへの最後の贈り物。

- 終わり -


【あとがき】

どうしてあれで終わりと思いました。(コンプリートしていないのであるのかどうかわかりませんが)キャラクターたちのその後が見たかった。結局自分で書きました。

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文責:楠 尚巳 [2011/01/23]