銀の竜が守るのは 輝く金のリンゴが実る園(その)
銀の騎士が守るのは 光の魔女が住む黄金(きん)の庭
「何を読んでいるんだ? リノア」
部屋に入ってくるなり、スコールは自分の部屋にいたリノアに声をかける。アルティミシアが消え、ガーデンに平穏な毎日がやってきて数ヶ月。
最近、リノアはスコールの部屋へよく来るようになっていた。
「ドール神話」
「ほどんど冒険か、悲恋で……本当に好きだよね。この時代の人って、悲劇が」
わたしはハッピーエンドがいいと思うのになぁ―――リノアは、本をパラパラとめくりながら、物足りなさそうにつぶやく。
そうかといい、スコールは部屋の片隅にガンブレードをおき、着替えはじめた。
「子供の頃、読んだことがある」
スコールの言葉に、共通の話題を見つけたリノアは目を輝かせる。
「やっぱり英雄の話とか冒険の話とか好きなの?」
「いや……」
スコールは、さらりとこぼれ落ちた前髪をかき上げる。
何の手入れもしない時の彼の前髪は、長すぎてうっとおしいらしかった。
「俺は、好きじゃなかった」
「意外ーーっ。男の子って好きだと思っていた。冒険とか怪物を倒す話とか。ほら、これなんか有名な話なのに」
リノアは本をパラパラとめくり、お目当てのページをスコールのほうにむける。
目の前に出てきた挿絵は、銀の竜。
竜の背後には、珍しい金のリンゴが実るリンゴの木が描かれている。
どんな病(やまい)も治す力があるという金のリンゴ。
そして、ひとりの青年が、今まさに剣をかかげ、竜に向かって振り下ろそうとしていた。
それは、ドール神話が伝える有名な物語。
英雄アリーナスは、地上で最強と言われた銀の竜を倒し、金のリンゴを持ちかえり、死にかけていた王の娘を救う。
「いや……」
スコールは、かぶりをふる。
「俺は、この話は嫌いだった。アリーナスも好きじゃない」
有名なドール神話の中でも最高の英雄とされるアリーナス。
そのアリーナスをスコールが嫌いとは……
興味津々になぜ?と訴えてくるリノアの好奇の視線に負けて、スコールは白状する。
「だって竜がわいそうだろう?竜は、ただリンゴの木を愛して守っていただけだったんだ。それなのに彼のリンゴが、どんな病気も治す力を持っていたせいで攻撃された。守ろうとして結局、守りきれずに死んでいった……切なくて悔しくて、納得のできない話だと思ったよ」
リノアは、あんぐりと口をあける。あまりにも意外な読み方だったのだ。
「り、竜でもなければ、しない読み方ね」
わたしは、そんなふうに読んだこともなかった―――
スコールは、くすりと笑う。
「リノアは、ママせんせいと同じことを言う」
「イデアさんが?」
「そうだ。子供の頃に読んだ時は、ママせんせいがいた。ママせんせいに今と同じようなことを言ったんだ。子供だったからずいぶん幼い言葉で、だったが」
ふぅん―――と、リノアは頷きかけて、ある事実を思い出す。
「昔、SeeDになぜは必要ないとか、命令は絶対とかいうセリフを聞いたような気がする……うん、絶対に聞いた」
それなのに、読んだ話が納得できないって、反発するって、スコールそんなところがあったの?
痛いところをつかれて、スコールは思いっきり嫌な顔をする。
「なんだってそんなことに限って覚えているんだ」
「だって、スコールの言ったことだもん」
わおっと顔を赤くしてはしゃいだリノアに、スコールはがっくりと肩を落とす。
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか今だにわからないスコールだった。
「……さて、もういいか、お姫様。そろそろベッドをあけて欲しいんだが…」
言われてリノアは、本をあちこちに広げて、スコールの部屋の寝台をひとりで占領していることに気づく。
「ご、ごめんなさい。片付けますっ! 部屋にもすぐ帰るから…」
恥ずかしさで頬を赤くしながら、手早く散らばった本を拾い集める。
「俺は、あけて欲しいと言ったんだ。帰れなんて言っていない」
「で、でも。でもっ!」
どれほど時が過ぎようとも、慣れないことはある。
(こ、こんなに間近で顔みたら、ド、ドキドキしちゃうじゃなーい!)
そんなリノアの首筋のところ、スコールがそっと手のひらを差し入れてきた。
感じるより早く唇が重なり、やがて抱きしめたスコールの影とひとつになった。
―――俺は守れなかった竜にはならない。
守るよ。君がいるこの場所を———
そんな声にならぬスコールの想いは、目の前のリノアではなく、べつの場所にいる誰かに届いたらしかった。
「どうしましたイデア?」
夫のシドに呼ばれて、遠い昔に意識を飛ばしていたイデアが我に返る。
「いえ、少し昔を思い出したんです。あの子の…スコールの」
「そうですか。これからが大変でしょうね。スコールもリノアも。ほとんど私たちのせいかもしれませんが」
ははは、と力なくシドは笑う。
「あの子たちは、私達とは違います。おそらく……いままでの誰とも」
リノアだけじゃない、すべてを捧げていた、たったひとつの至福の地を守りきれずに死んでいった竜の哀しさ。
英雄よりも、そんな竜の想いに重なるあの子の心は。
「まるで魔女の騎士になるために生まれてきたような心だわ……」
イデアはひとりつぶやき、夫に向かって微笑む。
「あなた、心配することはありませんわ。とんでもないのに見込まれたのはリノアのほうなんですから」
それは確信。
過去で、あの子に出会った時からの。
「だから、私たちは庭を作り、種をまいたのですわ。ただ隠れ暮らすことしかできなかった私に、あの子は勇気をくれました」
イデアの言葉に、そうですね、とシドは頷く。
「ですが、おかげで私たちは運命に立ち向かっていくことに臆病になってしまった気がしますよ。私たちが抵抗して、あがいたせいで未来が変わってしまったらどうしよう、とね」
すべてを受け入れて、ただ運命の望むがままに。
やがて、すべての流れを変えてくれる子供達が現れるまで。
「その選択は間違ってはいなかったと私は今なら言えます」
イデアは夫に寄り添い、ガーデンに広がる夜空に目を向けた。
満天の星空のなか、綺麗な新月が輝いていた。
- 終 -