ファーラム———
聖堂に響く厳かな声がいっそアーシェの心を重くする。
まるで夢の中にいるようだった。
出会いからわずか数週間。
こんなに早く今生の別れがくるとは、誰が想像できただろうか。
生前とかわらぬ、だが永遠に目覚めることなく棺(ひつぎ)に眠る夫を前に、崩れ落ちそうになる心を必死で支える。
(止めるべきだったの……)
そう思う後悔だけがアーシェの心に広がるばかりだ。
だが、止めていても無駄だっただろうこともわかってはいた。
ラスラは、大国ふたつに挟まれてナブラディアの父王が、兄が、内乱の不安を抱えながら、どれほど国を守るために懸命だったのかを嫌というほど知っていた。
そんな今までの苦労をあざ笑うかのように、あっけなくナブディスが陥落したあの日———守るために戦うこともできなかったラスラの心はいかばかりだったのか。
……思えばアーシェの兄たち、ダルマスカ王家の王子たちも、またそうだった。
次々と戦場へと赴いては倒れ、最後の兄を見送った時も。
死ねばダルマスカ王家、唯一の王子が失われること、知らぬはずはなかっただろうに。
今、国そのものが失われようとしているのに、なんの未来か———
そう言い、そして戻ってはこなかった。だがまた、そんな兄たちの犠牲の上にダルマスカは今まで国として生きのびてもきたのだ。
いままたその列にラスラも加わった。それだけのことだった。
アーシェは、そっと棺に眠るラスラの頬に触れ、ついで心地よい風が吹くダルマスカの下、よくなびいていた夫の髪を指先でたどる。
ふれ合った時の暖かさは、もはやどこにもない。
———力が欲しい———
怒りと哀しさと憎悪と愛しさが複雑に混ざり合った心で、アーシェは強くそう思った。
力さえあれば、こんなことにはならなかった、と。
小国ゆえに踏みつぶされ、圧倒的な軍事力と兵数の前になすべきすべがないダルマスカ。そして、国を守る気概と力のある者ばかりが戦いに赴き死んでいく。自分は無力ゆえに生き延びているにすぎないのだ。
そのことを———
(今、思い知らされた……)
———力が欲しい———
もう一度、強くそう願う。
もの言わぬラスラを前に、悲痛な叫びにも似た心の奥深くで。
今、彼女の何かが変わろうとしていた……
- FIN -
ラスラの葬儀でのアーシェ、こんな感じかねぇと自分的解釈です。
ラスラがすぐに亡くなってしまったのはショックだったな…