無数の建造物に吸い込まれるかのような広大な空間と、銀色に輝く眺め。
ダルマスカの、月の下で輝く姿もまた格別なものだ。
今、そのダルマスカの中核とも言えるダルマスカ王宮の回廊を、ひとりの娘が歩き回っていた。
アーシェ・バナルガン・ダルマスカ。
国王のひとり娘にして、ダルマスカ王国、唯一の王位継承者。
彼女は、国の将来を一身(いっしん)に背負い、一生この国を離れることができない身でもあった。
そのアーシェが、生まれたときから知っているはずのダルマスカ王宮の中を、まるで迷子になったかのように、あちこちと歩き回っているのだ。
踏み出しては引き返し、進んでは戻るを繰り返し、一見、無駄とも思える動作を彼女が繰り返しているのには、理由がある。
ラスラ・ヘイオス・ナブラディア。
数日後に彼女の夫となるはずの青年の姿をさっきから探しているのだった。
いったいどこへ消えたものやら見つからない。
行く先で出会う侍女達にたずねても皆、知らないと首を横にふるばかりだ。
ラスラとの結婚は、愛のない政略結婚と囁く王宮の中の声がアーシェの耳にも届いてる。こうして彼を探している今も、侍女たちの目には気を遣っているとうつるらしく、出会い、恋をしてから愛する人と結ばれることを夢見るのが当たり前の、若い侍女の中には気の毒そうにアーシェを見る者もいるほどだ。
だが、アーシェ自身はそうは思ってはいなかった。
以前から臣下や民がダルマスカの未来に不安を感じていることをアーシェは知っている。彼らにしてみれば、国を守る柱というべきダルマスカ王家には老いたる王とアーシェしかいない。いつ王家の血が絶え、柱を失うことになるか気が気でないに違いない。それは乱世であればなおさらのこと。
国と王家の安泰のため、国を守る柱を増やすため、一日も早くアーシェ殿下に結婚していただきお世継ぎを———そんな臣下と民の焦りと願望をひしひしと感じてきたアーシェだった。
(私にいったい何ができるのかしら……)
この国を守りたい。その気持ちは人一倍強い。なのに、力がついてはいかない。自身の未熟さを自覚していればこそ、なおさら心が痛かった。
そんな中、ナブラディアの王子をダルマスカ王家に迎えることができるとわかった時の国の人々の喜びようをアーシェは忘れない。ダルマスカ王家に入ることを決断してくれたラスラに、誰よりも感謝したのは彼女自身でもあったのだ。
そうであればこそ、ナブラディアの王子と共に生き、国を守り、愛を捧げようと決めた自分がいる。
人の生き方を決めるのは意志の力。
愛し守ろうと決めた瞬間に覚悟はうまれ、誘惑を拒絶し、命をかけて愛すこともできるのだ。それは感情だけでは絶対にできないことでもあった。
だが、アーシェのそんな覚悟もラスラを見た瞬間に杞憂におわった。
外見はあくまでも穏やかで優しくありながら、内面は包み込むように深く強い。静かな決意と情熱を心の中に秘めているような人だ———そう思った。
王家に生まれた者としての自覚も、誇り高さも。
ラスラが尊敬できる人であったことがアーシェには嬉しい。
いつの間にか最上階に出た。
バルコニーの中、夜目にもはっきりとわかる黄金の髪が風に優しくゆれている。
見つけた、と思った。
気配に気づいたラスラが、ふりかえり笑顔で迎える。
「君か。どうしたんだ?」
アーシェへと手を差し伸べてくるラスラの静かな瞳の奥、アーシェを迎えることになんの迷いもなかった。
この人も覚悟の中で生きる人なのだ、と。
アーシェはためらうことなくその手をとり、静かに胸の中へと飛び込んだ。
受け止めてくれたラスラのぬくもりを感じながら。
これから何年も何十年も、ずっと二人で歩いていく。
この人とならきっとできる。
この日、そう信じて疑わなかった。
- FIN -
こちらは、フォーン海岸でのイベント直後に書き上げてクリア後に少し修正。好きな二人です。